だれもわたしに話しかけてくれない

求められるということ、見つめられるということ、語りかけられるということ、ときには愛情ではなくて憎しみの対象、排除の対象となっているのでもいい、他人のなんらかの関心の宛て先になっているということが、他人の意識のなかで無視しあえないある場所を占めているという実感が、ひとの存在証明となります。

ひとは、「だれもわたしに話しかけてくれない」という理由で自殺することもあるのだそうです。

ひとはなんとか他者の他者としてのじぶんの存在を感じようとあがきます。
アイデンティティは他者との関係の中でそのつど与えられるもの、確証されるものであって、ひとが個としてもつ属性ではありません。ところがひとはしばしば、じぶんのアイデンティティを、「所有していたり、失ったと思ったり、探し求めたりするところの対象物」と勘違いしてしまうことがあるようです。



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