沈黙が織り成す深い深いコミュニケーション
同じような感覚を、3年半くらいまえにあったことを思い出しました。
それは、神戸へ向かう電車の中でのこと。就職活動中だった私は、そんなに混んでいない昼間の電車にのんびりとすわっていました。
そこへ、着物を”しゃん”と着込ましたおばあさんが乗ってきて、となりの席に座りました。そのときに私は、ほんの一センチか二センチくらい、横にずれて席を空けてあげたのです。どうってことのない、ふつうの、何気ない動作でした。
しかしそのおばあちゃんは、私に対して「ありがとうございます」と丁寧にお礼をいてくれました。私はすこしドギマギしながら、「いえ、どういたしまして。」となんとか答えを返しました。
それから15分くらいでしょうか。おばあさんがある駅で降りるまで、最初はとなりが気になって気になって仕方が無かったのですが、話しかける勇気もありません。おばあちゃんは、みじろぎ一つせず、背中をしゃんと伸ばして座っています。うーん、かっこいい。暫くの間、ただ深い深い沈黙の時間がゆっくりと流れていきました。
そして、おばあちゃんは、降りるために席を立ったときに、もう一度「ありがとうございます」と言ってきたのです。またもやドギマギしてしまった私は、ふりしぼったような声で「いいえ。どういたしまして・・・」と小さな声で答えました。我ながら、かっこ悪いなぁ。。。
でもその日は、一日中気分の良いすがすがしい日でした。
交わした会話は「ありがとう」と「どういたしまして」の二回だけ。でも、沈黙の時間の中に共有したものがあった気がして、ちょっとハッピーだったのです。
そういえば最近は、ほんとうにカッコイイひとが少なくなりましたね。
素敵に年をとりたいものです。
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