生徒のいない教師はいない
そのような意味で、どのような人間関係であっても、そこには他者による自己の、自己による他者の「定義づけ」が含まれています。
ここで問題なのは、その役柄ではなく、たんに「だれ」として存在していることです。
そういう意味での他者のいづれに対しても、じぶんの存在はなんら意味を持っていないのではないかという思いにとらわれたとき。ひとはひどく落ち込みます。
”人間は、他者の存在の欠落を経験するのではなくて、他者に対する他者としての自分自身の存在の欠落を経験する。彼にむかって何かをなんらかの仕方で働きかけてこない他者、彼を誘惑し、強奪し、何かを盗み、窒息させ、食い尽くし、なんらかの仕方で彼を破壊しよういとしない他者に悩まされる。他者はそこにいるが、彼は他者に対してそこにいない。”(「自己と他者」R・D・レイン)
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