鏡のテオーリア
”眼があったとき、吸い込まれるような求心的感覚と撥ね退けるような遠心的感覚が同時に発生する強い磁場のうちに引きずり込まれ、もはや物や対象を見るように、相手をまなざすことができなくなってしまう。
この一つの磁力圏へと引き入れられたとき、お互いにシンクロナイズされた状態になり、自他はともに同じひとつの共通の<現在>につなぎとめられ、そこから任意に退去することはできない。他者と眼がかちあったときに、自分の視線がひきつったり、凍りついたりするような感じがともなうのは、他者の視線がじぶんの意識の内部閉鎖を不可能にしてしまうからである。
他者と眼がかちあうとき、わたしは自らのなかに引きこもることを禁じられ、先が見えないままひとつの<共同の現在>へと自分の存在が引きずりだされ、その場に身をさらしつづけることを強いられる。わたしのことばが、そしてわたしの意のままに操ることのできないわたしの表情が、他者の思いがけないことばを引き出し、さらには他者自身も気づいていない表情を誘い出す。。。”
実際に私も・・・感じることがあります。
話をしているとき、相手に眼を向けてはいても、物を見るようにまなざしているのとはちょっと違う、少し漂っているようなまなざしの感覚。
きっとその時のまなざしは、相手を分析するように見ているのではなく、ただまなざすというそれ以上でもそれ以下でもなく、無意識に相手を見ているのだと、そんな気がします。
・・・よく分かりません。(>_<)
まなざしに関しては、これくらいで・・・さらに詳しくは、こちらの本をどうぞっ!(^^);
顔の現象学 (講談社学術文庫)著者:鷲田 清一
販売元:講談社
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