ふれあいのむずかしさ

”声が届くということのむずかしさは、話しかけることがこれだけで孤立的に機能しやすいという面があるからだろうか。話がつうじないとき、ふつう内容をもっと細かく、ていねいに話そうとする。が、皮肉なことに、内容が細かくなればなるほどこころが離れているようにおもわれてくる。で、あせってもっとしゃべる。ことばの真空状態がこわくて、さらに機関銃のようにことばを発射する・・・・。余裕というか遊びがなくなるのだ。
 同じむずかしさは聴くことについてもいえる。聴くことはかならずしもすべてのことばをきちんと受けとめ、こころに蓄えるということではない。あまりにきちんと聴き、一言一言に対応されると、かえって胸が詰まってしまうときがある。言葉を受けとめるといっても、そこにはつねにアースが必要だ。じぶんがきちんと受けとめたら、自分のほうが持たない。それにがしっと受けとめると、それが反射して相手に悪影響を与えることもある。
 「聞き流す」とふつうわたしたちがいっている行為に含まれるこの独特の呼吸は、他人の話を聴くということが、その言葉をぴたりと受けとめるとうこととは微妙に異なることを教えている。「間」ということばをここで思いだしてもいい。声がとどかなければはじまらないが、声がぴたりと当たりすぎると逆に苦しくなる。”

もし話を聞いてくれる相手が、発したことばの全てを聞き逃すまいとウンウンうなづきならが話を聞いていたとしたらどうだろうか?
発したことばの内容をすべて合理的にきちんと理解されたとしたら、話しやすいだろうか?
人間は遊びがないと息苦しくなるのですね、きっと。
ある程度のいい加減さとか遊びとか余裕とかがないと、落ち着かないのだと思います。

話を聴くということも、声をとどけることと同じように、むずかしいのですね。。



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